31歳男、ブラック企業退社後に転職して正常な生活を取り戻した。

1)軽く自己紹介
私は今年50歳になる技術系会社員です。22歳の時、大学の電気工学を卒業し、地元が兼業農家の長男だったので、地元の自動車部品製造会社に教授のコネで入社しました。しかし、この会社がかなりのブラックでした。それでも実家の農業や実家の鉄工場や不動産もあり、そのへっぽこ会社だけに依存していたわけでなかったので、とりあえず我慢してそこで約10年勤務しました。

2)行動した経緯や時期
新卒後に入った会社は、大企業の子会社の自動車部品製造會社でした。この会社は、社長以下、部長や課長まで、親会社からの天下りが占拠していました。生え抜きはどんなに頑張っても課長止まりでした。入社して数年でそのことがわかり、暗い将来が見えていたので、モチベーションは上がりませんでした。よって、入社後、約3年周期で辞表を提出したくなることが度々ありましたが、生え抜きの方々は良い方ばかりだったうえに、教授のコネもあったので、なかなか辞めにくく、なんとか我慢して9年が経った頃に、教授が亡くなったとの情報が入り、人事に同期で仲の良い人もいたので相談して、10年で退職金も上がるから、10年勤務後が良いと言われ、10年勤務後の32歳時に辞表を提出しました。

3)その時の心情
辞表提出時の心構えは、環境の良い転職先を確実に見つけた後、なるべく早めに提出することです。大抵、会社は引き止めます。しかし、そこまで何もしてこなかった会社に対して、期待は出来ませんし、仮に、思いとどまったとしても、また同じことを繰り返すだけで、時間の無駄です。
あと、出来れば、職務内容は、一貫している方が良いと思います。私の場合、電気電子工学の制御設計と言う分野で一貫していましたし、現状でも、この道で既に30年弱の技術系会社員として、生計を立てています。人生はなるべくブレない職務を身に着けて生きるべきです。

4)後悔していること
後悔しているのは、辞め方が突然だったことです。実は、退社した週末に後輩の結婚式に出席しました。何も知らない会社の同僚たちと出席までした日曜日の翌日に転職した会社に初出勤しました。つまり、最後の最後まで、辞めると言えずに、本当にごく一部の方だけに話して、何もなかったかのように、静かに退社したので、やっぱりちゃんと挨拶すべきだったと、少し後悔しています。いまさらですが。
辞表を提出した時は、正直言えばかなり悲しかったです。会社の生え抜きの方々は良い人ばかりでしたので、また、そのブラック企業の経営陣は大嫌いでしたが、その会社の仕事は大好きでした。車載や事務機器等のアクチュエータやその制御設計だったので、自分の大学で学んだ電気電子工学の専門を活かせて、やればやるほど楽しく、好きになる仕事でした。
しかし、我慢ならなかったのは、H製作所から来る無能な天下りの管理職たちが、嫌な仕事ばかり押し付けてくるのと、入社5年目あたりから不景気で、残業代が払われなくなったのが、最悪でした。毎月100時間程度は残業しても、つくのは10時間程度でした。近隣の会社でも同じような状況の時代でしたので、労働基準監督署の監査で指摘された会社も出て来て、その会社でも問題になりつつありました。仕事は好きだったので、競合企業でしたが、同じような仕事で、もっと大きな会社が自宅の近くにあったので、そこを面接し合格し、転職することにしました。この決意で、今は良好な生活を送っています。

5)みている人にアドバイスがあるとしたら
当然、皆さん真面目に生きていて、就職も一生懸命に対応していると思います。ただ、先の事は誰にもわからないし、自分に合っている仕事がなんなのかなんて、殆どの人はわかりません。そんな分からないことだらけの中で、みんな就職していきます。なので、上手く行くことよりも、失敗することの方が多いと思います。その失敗したとわかった時に、貴方はどう動くのかが重要になります。人生は一度しかありません。我慢するだけなら、誰にでも出来ますし、全然、面白くもありません。一度しかない人生です。勇気と知恵を振り絞って、常にアンテナ全開で、我々の人生を良い方向に変えていきましょう。人生なんて、色々あった方が面白いし、その後の人生もまた個性的な人生を生み出せるのです。人生は個性的で最高です。