29歳男 長時間労働から解放され目が覚めた。

私は全国展開するファミリーレストランチェーンに就職したのですが、いわゆるブラック企業でした。

当時、まだブラック企業という言葉もなく、とにかく馬車馬のように働かされていました。
既存店の売上減を新規出店することで、売上を上げていましたので、社員数が足りず、売上的には3人の社員で運営するべき店舗を2人で運営するなど、無理な運営を余儀なくされていました。
また、本来なら10年ほどのキャリアを積んで店長になるのですが、新規出店が続き、店長の数も足りなくなり、3年から5年で店長になっていました。
若い店長にありがちなのですが、自分の身体を張ることで人手不足を解消しようとしてしまいます。
それが慢性化して、超過勤務が月間100時間が当たり前になってしまいます。

私はトラブルがあり、2年半で店長となりました。
異例の早さで、会社からの期待は大きかったのですが、私は嫌で仕方がありませんでした。
仕事は好きでしたが、全く準備ができてない状況で店長に昇格することに、抵抗がありました。
直属のエリアマネージャーに何度も考え直してもらうよう頼みましたが、業務命令の一点張りで、全く聞いてもらえませんでした。
仕方がないので、辞表を提出しましたが、それも握り潰されてしまい、店長になることになってしまいました。

それから約3年間、店長として働きましたが、腰を痛めてしまいました。
騙し騙し働いていましたが、病院で、
「このまま悪くなれば、最悪車椅子で生活しないといけなくなるので、腰をしっかり治すべき」
と言われ、退社を決意しました。

しかし店長昇格時のこともあり、無策で挑めば、また上手くいかないと思い、準備を整えました。
まず、労働監督基準署で当時の労働環境の相談をし、担当者の名刺を貰いました。
そして相談の様子をICレコーダーに録音しておきました。

そしてエリアマネージャーに退社を告げました。
当然、慰留されましたし、聞き方によっては恫喝に近い発言もありました。
かなり長い間慰留され、退社を保留するような発言が出始めた頃に、労基署の担当者の名刺を見せ、ICレコーダーの録音データを聞かせました。
同時にその時のエリアマネージャーとの会話も録音していたので、その録音データも聞かせ、
「問題を大きくしたくないので、大人しく退社をさせて下さい」
と伝えました。

卑怯な手でしたが、このくらいしないと退社はできなかったと思います。
それから2ヶ月後、無事退社することができました。

辞めるにあたり、ネットなどで色々調べましたが、最悪、裁判などになった時には、客観的な証拠が必要になるようです。
今はスマホで会話を録音できますので、上司などと話すときは、念のため会話を録音するべきだと思います。
そのようなデータがあると、有利に話を進めることができましたので、是非オススメします。

会社を辞めて、私はいかにおかしな環境で働いていたのか分かりました。
会社内の常識やモラルが社会から遥かにかけ離れたもので、まともな人間が働くところではありませんでした。
まさにブラックという名に相応しい環境でした。